No.71   河合 生博 さん
たくみの里「フルーツランド ポミエ」




河合 生博(かわい おきひろ)さん




「農の駅」であるフルーツランド“ポミエ”の他、
たくみの里内にたくさんのお店・施設をもつ。

たくみの里でうまれ、育ち、生活する、生粋のたくみの里人。
(現在「たくみの里」には26の“家”があり、
それぞれ違った体験ができる。)

趣味・特技は運動全部(!)
(スキューバダイビング、パラグライダーは
インストラクターの資格も)
そして読書。

(本を選ぶときに、なるべく分厚くて安いものを選ぶそう。
文字の依存症・・・というのか、
瞬時に読めてしまうため、 普通なら
本棚の肥やしになりかねない文学全集も、
何度も呼んでいるっそう・・・うらやましい依存症かも)

特技(というか趣味か?)
「企画」 ああしよう、こうしよう・・・と
いろいろ考えて実践して、
それが動きはじめる・・・一ヶ月くらい
見ていてうまくいくと、 興味が薄れる。
・・・そしてまた次の企画を考えて・・・。
(生博さんの頭の中ってどうなてるんでしょう・・・見てみたい。)

苦手なものは「なし」(さすが!)

生博さん、
「ポミエ」をつくる。
 野仏を活かした村おこしが、今からだいたい20年前くらいに始まりました。これが3年くらい続いて、村で、今の「たくみの里」をつくろうという話になって・・・ 昭和61年、今から15年前に、民間で何かやらないか?という誘いがあって、「ポミエ」を企画したわけです。 ・・・うちはこの辺りの地主で、百姓をしてきました。でも、すでにそのころは百姓や蚕では、生活できなくなってきていた・・・。 当時、百姓をしながら、いくつかレストランを経営していたので、いい機会でもありました。
こだわりの
たてもの。

 蚕の飼料となる桑畑をりんご畑にしようという働きかけが村からありました。
・・・その頃、「野仏」の企画で3〜4万人が訪れる場所になっていたんです。ただ、休むところがなかった・・・何かできないかなぁ?と思って、りんご畑の真ん中にペンション&レストランをつくろう!・・・ということで、このログハウスをつくりました。
  設計を自分でやって、材料の発注はカナダに。カナダのログビルダーが図面を読めなくて、結局彼らのところまで説明しにいった(笑)。ロッキー山脈から材料を船で運んで、横浜港に着いて、そこから新治に運んだ。木材はトレーラーで運んだんですが、途中の道が狭かったり舗装されていなかったりして、入れなかった・・・相当苦労して運びました(笑)。
 そんなこんなで、平成2年4月にこの「ポミエ」をオープンさせました。 「ポミエ」とは、フランス語で「りんごの木」という意味。りんご畑の真ん中に建てたからこうつけました。

――かわいい名前ですね。りんご畑の中にぽこっとできた愛らしい建物・・・できた当時のことを想像するだけでワクワクしますね。

 「ポミエ」ができたばかりの頃は、周りは畑で建物はほとんどなかった・・・。こんな何もないところに、ヘンな建物つくって(「ポミエ」は鳥が羽ばたいているような面白い形をしています。)、可笑しなことやっていると思われていましたよ(笑)。・・・でも建設の借金は返しましたよ。

農業やアートの
体験ができる
「たくみの里」が
オープン!

 昭和58年に「たくみの里」がオープンします。
 最初は、わら細工の家、木工の家、和紙の家、香りの家、それから私のやっている竹細工の家(「ポミエ」の真向かいにあります。)の5つの家で始まった・・・。平成6年に「豊楽館」がオープンし、平成8年に「長寿庵」(手打ちそば処)がオープンしました。
 最初は「野仏」の3万人から始まって、約20年の間に、来訪者がぐんと伸びた。去年はだいたい60万人くらいのお客さんが来てくれている・・・。 本当に何もなかったところから、これだけ成功したんです。

お客さんが
新治に求めるもの。
 「野仏」の時から、マップをつくったり スタンプラリーをしたりしていたし、畑の隅に直売所を置いたりした・・・。
・・・そんないろいろな企画をやっていくうちに、お客さんが何を求めて来るのか、わかった・・・「観光地化していない」、「素朴な」場所を求めている。 受け入れる私たちからすると、「地域を貸している」という意識・・・景色もみんなに貸しますよ、どうぞ見ていってください、という気持ちですね。新治には景観条例(「美しい新治の風景を守り育てる条例」)があり、村のみんなで、美しい風景を守っていこうという意識がある。風景はタダ。「たくみの里」の入場料も駐車場もタダ。

――魅力的な場所に行っても入場料を取られると気分が萎えますよね・・・。出入り自由だけど、そこに魅力的なものが売られていたら買いたくなる、おいしいものが食べたくなったら食べたくなる・・・。

 食事をするところも増えましたが、地元の食材を100パーセント使用している。 豆腐、納豆、そば・・・全部地元の手づくりだし、「ポミエ」で出しているものも地元の食材を使っています。

――そしてどんどん「家」が増えていくわけです。毎年1〜2軒ずつ増えていって、現在26の体験できる「家」が。じっくり全部体験するなら、1週間はかかりますね。
いろいろな出会い、
「ちょっと心強い」
関係を。

 「竹細工の家」をやっていると(生博さんは竹細工の体験指導をされています。あっという間に竹のおもちゃや道具をつくちゃいます)、ほんっとうに、いろんな出会いがある・・・いろんな人とコミュニケーションできます。
 まちの駅の看板を出して、案内していますが、私はつくった話をする必要がない。自分の生きてきたことを話せばそれが新治の良さを伝えることになる・・・子どもの時からこのむらを知りつくしていますからね・・・。カブトムシはどこに行けば採れるかとか、聞かれたらたいていのことはわかる。・・・それを来た人も頼りにしてくれています。
 体験の「家」をやっている人たちの半数は、新治以外で育った人たち。土地も家も借りて住んでいる・・・私はもともと暮らしている訳だから、気楽に構えられるのかもしれない。・・・でも、ここから出て行くことが出来ない、自分の土地を守らなくちゃ、と思っているから、お客さんには悪い印象で帰ってもらいたくない・・・だからこそ出会いを大切に毎日やっています。
 都会には、田舎のない人が結構いる。心の拠り所というか、心の田舎を探している人は多いんです。・・・この里に来て、美しい風景を楽しみながら私たちと触れ合って、そんな気持ちをうめてもらえたらいいな、と思っています。ここはリピーター率が高いんですよ。・・・強いるわけでもなく、突き放すわけでもなく・・・「ちょっと心強い」関係ができあがって来るんです。年に数回、ここに来てくれるグループもいますね。
 うちはもともと、この辺りの地主。だから。自分の山の木を伐って自分の家をつくっている・・・買った方が安いけど、同じ木材を使うなら、自分のところの木でやりたい、それだけのこと(笑)

――・・・信じられません。自分の木があるなんて。何だかとっても贅沢な響きですよね。

  とにかく企画するのが好きだから。人がやらないことをやりたい。人がやれるようになった時点で任せてしまう・・・自分にしかできないこと、それに興味がある、というのかな。だから新しいことを考えて、それをうまく軌道に乗せるために、お店なら設計からメニューから何から何まで、本気でとことん考える。

成功のカギは
「データの濃さ」

 自分が考えたことをうまく行かせるためには、正しい情報が必要だと思う。 経験だけでもダメ。いろんな知識・データを頭の中にいれて、それらの情報を精査していく必要がある・・・。
 そうやって、ひとつの物事に対するいろいろな見方(=情報)を蓄積していくと、だんだん進むべき方向が見えてくる。 成功のカギは、「そのこと」について、「どれだけの濃さ」でデータを持っているか、だと思います。そして、自分が可能な限り「見る」「やる」、まず実行!・・・歩くこと。 頭の中で歩いて、実際にも歩くことですね。

平成13年に
「農産物加工の家」
もオープン!

 この「家」は今までの中で渾身の出来、といっても過言ではありません。漬物やパイづくり、そば打ち、農業体験など・・・さまざまな体験ができます。
 「ポミエ」だって、椅子からこだわってつくったんだけど(なんと桶職人に頼んでつくってもらった椅子。ため桶をアレンジして椅子にしたそう。)

「観光農業」を
新治に根付かせたい!

 今、真剣に取り組んでいることがあります。 この地域には若い人が結構いるんだけど、農業中心の暮らしをしている。・・・だけどそれだけでは食べられないから、兼業農家をしている。・・・でもサラリーマンのように、決まって勤めに出るような時間はなかなか捻出できない・・・だから日当で働いていたり、肉体労働をしたり・・・。 「観光農業」に真剣に取り組んだら、それだけで食べていけると思う。そう思って、ずいぶん個人的に私財を費やしています(笑)。

――自分ひとりでやるのではなく、システムとして、みんなが喜び、次世代につないでいける産業を興そうとしていらっしゃる・・・すごいッス。

 (農)新治生産組合という組織をつくった。若い人が8人。農産・加工物の提供者は現在40人。若い連中に、目覚めてもらいたい!・・・農業で十分食べられるんだということを、教えたい。・・・それのプロセスを、実際に自分の目で手で確かめて欲しい!

――以前、農業者会議という東京での会議、3000人くらいの聴衆の前で「企業的なものの考え方で農業経営はできる。」という講演もされたそうです。自分の今までの経験から、自信を持って言える生博さんはすごい!

 世界中まわって、各国の農業事情をいろいろ見ているけど、その場所その場所で本当に考えられて取り組まれている・・・そういうものをまず見て、刺激を受けること。・・・でも、刺激を受けるための心構えがあるかどうかということがまず大切なことだと思います。
 「自分たちが今までやってきた農業を続けていってはダメだ!」と思ったのは、テキサスに行った時。・・・牧場に連れて行ってもらったんだけど、「土地を見せてください」とお願いしたら、車じゃなくて、セスナで案内してくれた・・・。 セスナでひと周りしてそれが全部自分の土地って言われた時に、こんな規模に比べたら、北海道でやっている農業だってチマチマやっている部類だ・・・と実感しました。
 逆に、ヨーロッパは、小さい規模の農場が多い。ペンションも多い。フランスは、昔は各家でぶどう酒をつくって、お客さんを迎えていた・・・それがペンションの始まり。ボルドー地域の大きな会社は、そういう小さなペンションから始まっている。・・・自分たちのつくったものでお客さんをもてなそう、という発想が根底にあります。
 そこから「観光農業」に通じてくるわけです。 「たくみの里」で生きていくために、いちばんいい方法が「観光農業」なのではないか?と思っています。 お客さんだって、生産者の顔の見えるものを食べられる方がいいでしょう?


――じぶんのつくったものでお客さんをもてなす・・・それが「観光農業」の原点なんでしょうね・・・。

 さまざまな農業体験の受け入れをしていますが、田植えは、去年3500人を受け入れた。自分で植えた米は自分で食べたいから、みんな欲しがる・・・。自分で食べる分なんかない(笑)。でも、子どもたちにただ田植えをさせるだけのイベントではなくて、学校の先生たちは、授業の一環として子どもたちを連れて来る。・・・植えた苗の成長する段階に応じて授業している・・・。だからインターネットで稲の育ち具合をレポートしたりもしています・・・「ダッシュ村」はこれを真似したんじゃないの?(笑)なんて思います。

職業は
・・・「百姓」

 私は職業が百姓。それは絶対切り離すことのできない部分。生きていくためにやらなきゃいけない仕事。でも、仕事は好きじゃないとダメ。「嫌々やってるならやめちまえ!」(笑)。
 世襲なし、一代限りの仕事・・・でも、会社や組織は個人じゃないから生きていけるし、発展もできる・・・だからこそ、農業に関わる若い人たちを会社・組織として育てて行きたいんです!

管理人から一言

 河合さん、いえ生博さん、ホントにありがとうございました。
 生博さんのお話を聞いていると、視野がパァーッと広がる気がします。ホントに博識だし、いろいろな経験をされている。そして大胆不敵(!?)。言い方は悪いけど「インテリ百姓」ですね。熱い思いと冷静な目を持って、新治の・・・いえ日本の農業を考える・・・ホントに凄いお方です!生博さんに不可能はない(かも)!そうだ、新治のナポレオンだ!(長岡のナポレオンはこちら)
 ・・・失礼いたしました。本当にすばらしいお話をありがとうございました。
今後ともよろしくお願いいたします。

 


 

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