| わたしにとって川とは... |
私にとって、「川」は母です。大地を人間の体にたとえると、川は血管、水は血液です。私は柳川に生まれたが、ものごころついた頃には、堀や川の中、季節や魚種にあわせて多様な漁法を使い、年中魚を追い、泳ぎ戯れて育ちました。
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| これからの川と人はこうなる... |
日本人は、この50年、技術文明にどっぷり浸かり、錯覚に陥って、自然との付き合いを放棄し、川を痛めつけてきました。私たちが、健康を保っていくためには、水が健康であり、川が健康でなければなりません。21世紀は、川とよりを戻し付き合う生活を再現し、山紫水明の国土を回復させなければなりません。
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| わたしの理想の川の駅... |
日本のまちは、かつてほとんどが水都でした。川がないところでは、水路で水を引き入れ、まちをつくりました。その歴史が今に息づいているまちも沢山あります。「川の駅」をまちのランドマークとして位置付けられる施設に育てていきたい。
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| 「まちの駅」に期待すること... |
まちの歴史や産品を紹介する資料を備え、まちを案内する人が常駐していてほしい。住民、外来者等が学習交流し、コミュニケーションできる場所出会ってほしい。小中学生のまちの歴史、環境教育の場としての機能も持ってほしい。色々なまちの駅が、川の駅と連携することを期待しています。
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| 川に携わる人へのメッセージ... |
私の63年の人生を振り返って一番すばらしかったことは、川がきれいかった頃、川に泳ぎ戯れ、魚を追った体験です。国を治めることは川を治めることです。ところが、山村は、まちも森林も崩壊寸前です。大事なことは子供を巻き込んでの川の上下流交流です。川という大自然の中で、子供たちはさまざまな体験を通して、強靭な身体と豊かな感性が備わり、健全な精神が宿ります。社会全体で山村を支えましょう。全国の川人の皆さん力を合わせましょう。
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| 最後に...自分の好きなことば |
誠実 |
| プロフィール |
1937年柳川市生まれ。柳川市の荒廃した堀割の再生に奔走、住民を巻き込んで取り組み再生を実現し、長編記録映画「柳川掘割物語」で広く紹介される。現在、水環境交流会代表幹事。著書に「ミミズと河童のよみがえり」(河合文化教育研究所)。趣味:つり、囲碁、音楽鑑賞。
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